203X年 東京。

佐藤拓也は、55歳で社長となった。

就職したときは中小企業だった「ナムネ・ソリューションズ」を、IT業界では名の知られた一流企業にまで成長させたのだ。

「私は正しかった」

これまでたくさんのライバルを蹴落として得たこの地位。

実力さえあれば周りは私に従う。

そうやって生きてきた。

私はついに自分が正しいことを証明した。

拓也はその喜びに浸っていた。

家に帰れば妻の彩(あや)と息子の奏太(そうた)が祝賀会の準備をしているだろう。

私の家族であることが、2人はどれだけ幸せかを改めて感じるだろう。

そう思うと口元が少し緩んだ。

「帰ったぞ・・・おい、どこにいるんだ」

広い家には人がいる気配がない。

ふと見ると、机の上に手紙が。

「なんだこれは・・・」

「あなたは一度も私を見なかった。さようなら。」

それはかすかに見覚えのある、彩の字だった。

その言葉を読んだ瞬間、拓也の心は凍りついた。

そして怒りが湧いてきた。

「俺の稼いだ金で、何不自由なく暮らしてきたくせに!」

彼は胸の奥で怒りと混乱が渦巻くのを感じた。

俺の力でやっとこの座を掴んだというのに、何が不満なんだ!!

このような結末になるとは、拓也としては到底理解できなかった。

拓也は何かが崩れ落ちる音を心の中で感じながら、街をさまよう。

雨が降り出し、彼の心はますます重くなる。

(私は完璧だったはずだ…)

その言葉が頭の中で繰り返される。

しかし、答えは見つからない。

そして、無意識のうちに、彼は車道に足を踏み入れていた。

眩しい光が彼の目に飛び込んでくる。

(しまった・・・)

「ドンッ!!!」

鈍い音とともに、拓也の体は宙を舞った。

(俺は死ぬのか・・・)

拓也は死を悟った。

しかし、その間際に頭に浮かんだ言葉は・・・

「何を間違えたんだ!!!」

という後悔だった。

・・た・・や

・・・たくや・・・

「拓也、もう3時だよ?」

(あぃやぁぁうぁあああ!!???)

なんだ、走馬灯か。

「プロジェクトが終わってせっかく休みもらえたのに、ずっと寝てるじゃん」

(うわ!彩、若いな!いつ頃の記憶だ?)

「あのね、今日病院行ったのね」

「病院?」

あれ?彩、どっか悪いところあったか?

「やっぱり赤ちゃんできてたよ。」

あっ!!!

「奏太(そうた)!!!」

しまった!思わず息子の名前を呼んでしまった…

「そうた?」

「そ、そう、『そうか!』って言ったんだよ…ははは」

ふーん、と言って彩はテーブルの上を片付け始めた。

危ない危ない。

リアルな走馬灯だな。

でも、楽しかったなこの頃。

あ、俺、この後なんて言ったんだっけ…

確か…そうだ!

「オホン・・・あのさ、彩。」

「俺が彩と子どもを絶対に幸せにする。だから」

「俺を信じてほしい。」

そうそう。俺はこういった。

俺に任せてくれれば完璧にすべてこなしてみせる。

完璧な夫、完璧な父親。完璧な・・・

「うん…でも、初めての出産だから不安で…」

彩の言葉を聞いて、男として彩に心配させるのはダメだ!もっと頼りになる男になってやる!と思った俺は、とっさに

「大丈夫。安心してくれ!」

と言った。

俺の言葉を聞いて、彩は「分かった。」と言ってくれた。

ふぅ…分かってくれて良かった。

これで安心して死ねる。

残念だが…。

夜ご飯の買い物に行くという彩を見送った俺は、とりあえずソファーに座って状況を把握しょうとした。

「この走馬灯はいつ終わるんだ?」

と思った次の瞬間、目の前になんと…

「ひぃぃぃっ!!!???」

俺は思わず変な声を出してしまった…

なんだ?なんだ!?

あ、よく見たら…

死んだ俺の爺さんに似てるな。

爺さん

男というのは強くなければいかんと、いつも文句ばかり。

正直嫌いだった。

そうか、爺さんが迎えに来たのか。

まあいいや。天国に行けるなら。

と思った次の瞬間

「バカモーーーーン!!!!」

爺さんが激しく光ったと思った瞬間

「グワーーーッ!!!!」

「一体なにが起きたんだ…」

「お前、またあの人生を繰り返すつもりか?」

え?どういうことだ…?

「お前は人生をやり直しておるんじゃ」

うええーーーーーー!!!!!

本当にそんなことが…やり直せるのか…

やり直せるのか!

「あ、あなたは一体…」

「アトス。時を超える者じゃ。」

なんだ…俺の爺さんじゃなかったのか。

「お前は先ほど、選択を間違えた。」

「えっ?俺はまだなにも…」

「ハァー」

くっ…これみよがしにため息をつきやがって。

なんかムカつくなこの爺さん。

俺の爺さんにそっくりだ。

「お前、彩さんが初めての妊娠は不安だ…と言ってたのをちゃんと聞いたか?」

「ああ。」

俺は記憶力には自信がある。いや、鍛えてきた。

ビジネスにおいて、記憶力は創造の礎となる。

様々な情報や経験を的確に記憶し、それらを柔軟に組み合わせることで、革新的なアイデアやソリューションが生まれる。

記憶力を磨き、活用することは、ビジネスパーソンの重要なスキルだから。

「お前、不安だという彩さんに『安心してくれ』と言ったな。」

「ああ。」

俺は自信をもってうなずいた。

「では、初めての妊娠の不安とはなんだ?」

初めての妊娠の不安?

それは…子どもが産まれて…

いや、妊娠…

新しい命がお腹に宿るということ

生命を体内で育てること

それは…いったいどんな状態なんだ?

俺は、彩のことをちゃんと考えてなかったことに気がついた。

仕事のことならあんなに懸命に考えるのに。

寝る間も惜しんで考えるのに…

前の人生では、俺は彩を不安にさせないように頑張ってきた。

自分が出来ることを懸命にやった。

でも、彩は出ていった。

「うん…でも、初めての出産だから不安で…」

「大丈夫。安心してくれ!」

「わかった。」

大丈夫って、何が大丈夫なんだよ。

「フン!仕方がないやつじゃ」

「お前にこれを与える」

「えっ!?」

アトスが出したものは

「こ、これは…」

「夫…ドリル?」

「ワシの時代はこれで夫婦を学べるのじゃ。特別にお前にやる。」

夫婦を学ぶ…?

そんな事、考えたこと無かった。

夫婦になれば、幸せなれると正直思っていた。

まさか自分がこんなことになるとは思ってもいなかった。

実際に間違えてしまった俺には、夫婦を学ぶ他に選択肢はない。

「やってやる!」

そうだとも。今度こそ間違えない。

完璧な人生にしてやる。

ん?今、『ワシの時代』って言ってたな…いつの時代だ?

そもそもアトスは存在する人間なのだろうか。

それに、なぜ俺の爺さんに似ているんだ、偶然なのか?

このテクノロジーは何なんだ!?

急にたくさんの疑問が湧いてきた。

「アトス、あんたはいったい…」

そう言おうとすると

「夫ドリルを終えたときにすべて分かる。また会おう。」

と言い残して消えてしまった。

「ただいま〜」

アトスと入れ替わるように買い物から彩が帰ってきた。

「彩、おかえ・・・」

「りっ!?」

目の前に再び『夫ドリル』が出現した!

「ウォッ!!」

「ど、どうしたの拓也」

「なんでもないよ、大丈夫」

どうやら彩には夫ドリルが見えていないようだ。

「ふーん」と言い、彩は冷蔵庫に買ってきた野菜を入れている。

「ちょっと部屋で仕事してくる」

そう彩に言って、自分の部屋に移動した。

目の前には『夫ドリルを始めます』のメッセージが表示されている。

これをクリアしなければ、またあの人生をくり返すことになる。

絶対に繰り返してはいけない。

彩と奏太のためにも。

そして、自分自身のためにも。

「夫ドリル、絶対クリアしてみせる。」

俺は夫ドリルの[スタート]を押した。

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